教育

学校は多忙だというのは子どもや保護者への「言い訳」です

投稿日:

教員の多忙化を改善することは可能

学校は多忙だというのは分かります。
私も現場におりましたので先生方の大変さは分かっています。
しかし、「忙しいから」というのは子どもにとって関係ないことです。保護者にとっても「言い訳」にしか聞こえません。
多忙だからというのであれば、それに対して手立てを打つべきです。

それを学校だけに解決を求めるのも難しいとは思いますが、現場でできることはたくさんあります。
「切れることは切る」という覚悟でみんなが力を合わせれば、教員の多忙化は改善できます!
それをしてこなかった、できなかったのは現場や教委の責任です。
それを放置していたのは現場であり、すべての教育関係者の責任です。

教員本来の仕事を優先していけば、多忙化を改善することは可能

教員の多忙化 解消のための提案を聞く気がありますか?

子どもや保護者の思いが学校へ届いていない

確かに先生方が頑張っていることも、特別支援教育に関する研修も行っていることも知っていますが、いろいろな方の話を聞いていると、それが適切な子どもの支援につながっているのか疑問があります。そしてその思いが保護者に伝わっていないことも否めません。

米子市内小学校 4クラスが「学級として機能していない」という事例に限らず、県内の多くの子どもたちがさまざまな形でずっとメッセージを発しているのです。
学校が相談窓口になるはずなのですが、窓口に入る入口からつまづいている子どもや親御さんもありますので、学校や教育関係者・機関がもっと声を聴く必要があると思っています。
子どもや保護者の思いはきちんと届いていなくて、学校からの情報発信も十分ではないというのが私の感想です。

毎年子どもを語る会でも話題には上がるのですが、何年も改善されていません。
今後、いろいろな立場の人たちが同じ場で直接顔を合わせて本音・本気で語り合う場の設定が望まれます。

先生方にも苦労や悩みがありますので、学校だけに任せるのではなく幅広い人たちの知恵を出し合って「本当に子どものためになる」具体的な取り組みが必要です。
子どもたちが安心できる学校へ行くこと、保護者が安心して学校へ通わせることと同時に、学校を支える仕組みも作っていく必要があります。

学校間の連携、地域との連携をしていくために

学校間の連携、地域との連携は昔から叫ばれていますが、本当の意味での連携はできていないと私は思っています。
立場発言や責任回避のための話し合いでは意味がありません。
お互いにもっと踏み込むべきだと思い、私はそこにはがゆさを感じています。

会議をして終わりではなく、日常的なつながりが必要です。
地域との連携を進めるためには同じテーブルについた対話の場を何度も何度も重ねていく他ありません。
お互いのバリアを取り除いていかない限り、本当の意味での連携なんかできません。

参加者が一人であっても二人であってもやり続けるしかありません。
やらされる会に100人集まるよりも、本気で意欲のある3人の集まりの方がよっぽど意義があります。

今は個人的なつながりを作っているところですが、それをもっと拡大していきたいと考えています。このブログやFacebookでの発信もそのひとつの形です。
教育関係者だけの集まりではなく、そこに保護者や地域の人、福祉関係機関、関心の高い一般の人も含めた話し合いの場の設定を希望します。

これからもそのためにできることをしていきます。

スポンサーリンク

スポンサーリンク



スポンサーリンク

スポンサーリンク



-教育

執筆者:

関連記事

通常学級か支援学級か?個別の支援計画は誰が作るのか?

ある親の会で出会ったお母さんからこんな相談を受けました。 「今子どもは年長で、発達障害の診断を受けています。来年度から小学校に行くのですが、入学前から不安を感じています。 そこで、地域の小学校だけでな …

「STOP!多様な教育機会確保法案 1.30緊急フォーラム」に参加

1月30日(土)松江で行われた松江不登校を考える会「カタクリの会」主催による「STOP!多様な教育機会確保法案 1.30緊急フォーラム」に参加しました。 現在は審議がストップしていますが、この法案によ …

「不登校の子どもの権利宣言」は誰もが生きやすい社会を目指しています

「不登校の子どもの権利宣言」って知っていますか? 一、教育への権利 二、学ぶ権利 三、学び・育ちのあり方を選ぶ権利 四、安心して休む権利 五、ありのままに生きる権利 六、差別を受けない権利 七、公的な …

日本の学校から「いじめ」が絶対なくならない理由とは?

文科省は「道徳の教科化によっていじめをなくす」といっていますが、道徳の「教科書」でいじめをなくすことは絶対に不可能です。 道徳の教科書で「不可能なことを可能にする」という考え方が間違っています。これこ …

学校での学習評価は限られた方法と「ものさし」で測定した値に過ぎない

学習障害のある子は勉強ができないわけではありません。 怠けているのでも努力が足りないわけでもなく、彼らは懸命になって「勉強したい、できるようになりたい!」と頑張っています。 学習障害のある子は同じ教科 …

スポンサーリンク

スポンサーリンク