教育

学校に行かないで活躍している人はたくさんいる「事実」にもっと目を向けよう

投稿日:31/12/2017 更新日:

今年もいろんな人に出会っていろんなことを話しました。
不登校や障害のある子どもたちや保護者の方たちとの関わりも続けています。
そして、今年から「自由な学びの場」である私塾も始めました。
教員を退職してからも学校に行っていない子どもたちや社会に出にくい人たちが気軽に過ごせる場を作りたいという思いがあったからです。
これまでの不登校やひきこもりの支援の心理的ハードルが高すぎて、そこに行くことができない人がいます。そこでふらっと立ち寄れる場があったらいいなと考えてのことです。

「なぜ不登校の児童生徒が増えているのか?」「不登校の何が問題なのか?」これに明確に答えられない人は、教育の現場にいるべきではありません。
不登校は「制度公害」、枠を決めるから「不登校」という概念が意図的に作られているということの認識が必要です。

学校に行っても行かなくてもなりたい未来は続いていきます

子どもが学校に行かなくなると、学校の先生と呼ばれている人の多くは「どうして行けないの?」「将来がないよ」と言います。
「学校に行かないと怖いよ。」「社会には秩序があって従わなきゃいけないよ。」って言われ、子どもたちは大人たちに脅かされています。
「学校の勉強をちゃんとしないと、高校に行けないよ」「高校に行かなかったら、その先はないよ」って脅かされています。
保護者の方も子どもが学校に行かなくなると「この子の将来はどうなるんだろう?」と不安で不安でしょうがなくなります。

ある保護者の方がこんなことを言っていました。
「子どもは学校に人質にとられているようなものですから。」

これって、学校だけではありません。
子どもは行きたいと思ってないのに、親の都合で習い事や塾などに行かせていませんか?「子どもの将来のため」だと思って嫌なことを強制してはいませんか?
それは、子どもの自由を奪っていることと同じです。
親が自分のやらせたいことを優先して、子どもの自由を奪っています。
子どもが本当にやりたいことをやらせていないのは子どもの生きる力を奪うこと、子どもの夢を否定すること、本人の存在を無視することになります。

「うちはうちだから」と言いながら、大人たちがよってたかって「みんなと同じ」ことを求めているから苦しむんです。
「みんなと同じように」学校に行って就職してって要求をしているから悩むんです。
それは、子どもを親の思い通りにしたいという親の自己満足です。そんなことにつきあわせられる子どもは子どもで「親の要求に応えなければならない」という思いで苦しみます。自分の言いたいことややりたいことを隠すようになります。親の顔色を伺ってその要求に応えられないと「ダメな人間」「社会では生きていけない」と思い込み、自己否定します。
そんな考えを取り除かない限り悩みは続きます。
親のできることは、子どもが本当にやりたいことをやれる自由を保障すること、それが何であってもそのために応援することです。親の要求を出して子どもにさせて満足することではありません。

学校以外で学べることの方がたくさんあることを知ろう

「学校に行かない」というのは選択肢のひとつです。何の問題もありません。「学校へ行かないとダメな人間になっちゃうよ」という考え方が問題なのです。
学校へ行かなくても将来も心配ありません。自分でやりたいことのために頑張ることが大事なのです。それは学校へ行くことではない場合もあります。学校以外で学べることも多いです。というよりも、世の中には学校よりも楽しいところ、面白く学べる場の方がたくさんあります。
そこを間違ってはいけません。
学校に行かないで社会で活躍している人はたくさんいます。しかも、世界のいろいろな分野で活躍しています。その事実にもっと目を向けてほしいです。
だから、学校に行かないのならもっと楽しい世界に入っていったらいいです。
学校を休んで自分のやりたいことを思いっきり楽しんだらいいです。
それがホントの「学び」の姿です。

自由な学びをしたら社会参加はできなくなるのか?

「自由な学びを選択しても結局は、公の学校システムを経て社会へ出た人たちで構成されている、企業、会社へと行く。その中で、やっていくことが出来ますか?」
こんなことを聞いてくる人たちもあります。
(文科省の認可した)学校に行かないと社会参加ができなくなるという考え方の人です。
フリースクールやサドベリースクール、ホームエデュケーションなど学校以外の学びの場から将来につながっていくのかという疑問です。

私はこのように答えました。
「自由な学びを選択しても立派に社会参加はできます。」
「その反対に、学校に行けば将来が約束されているわけではありません。大学、大学院まで行って生き方を見失っている人もいます。」
つまり、学校に行けば将来があって、学校に行かないと将来がない、という考え方が間違っています。
学校に行くかどうかなのではなく、大切なことは自分が何をやりたいのか、何を学びたいと思っているか。そしてそれに向けて自分なりに向き合っているかということです。
詳しくはこちらをご覧ください。

ただ、家でゆっくり休むことも必要ですが、ひきこもってしまうのはもったいないです。
学校に行っていないことになんの罪悪感も感じることはないです。そのことで何もしないでいることが唯一の道だと思いこむことはありません。
文科省や教育委員会や教育関係者が「不登校の解決のために」いろいろやっていますが、その目的は学校に行かせることになっていることが問題なんです。だから不登校はそれでは絶対に解決できません。

「不登校」を解決する方法は2つ。
1つ目は、多様な場を作り、子どもの学ぶ権利を保証すること
2つ目は、教育関係者が「不登校」についての正しい認識をもち、対応の仕方と学校環境を改善すること
これで、「不登校」という言葉も日本から消滅します。

すべての子どもに「教育上必要な支援」を作ることが行政がお墨付きをつけることにも書きましたが、すでに既存の学校だけでは対応できなくなっている今、子どもだけでなくて大人も含めて「学ぶ場」というのはいろいろできているんです。それは与えられる場所だけではありません。だから、家の中でもどこか知り合いの人のところでも自分でやりたいことのできる場所を作ったっていいんです。

天才的な人はみんな学校が嫌いだったに書きましたが、自分のやりたいことは学校に行かなくてもできるということです。
そもそも、「不登校」なんていう概念は存在していないのですが、それを認める人たちがいるから苦しむ子どもたちがいるのです。多くの人たちはそんなこと無理だといって諦めています。

「不登校」という言葉を抹殺する

私は「不登校」という表現が大っきらいです!
これは学校に行かない子を否定する「差別用語」だからです。
そもそも、「不登校」なんていう概念は存在していないのですが、教育行政も親も含めてそれを使う人たちがいるから子どもたちが辛い思いをしているのです。
学校に行かない子は社会で苦労する??
学校に行かなければ勉強できない?
学校に行かなければ人間関係が作れない?
学校に行かなければちゃんとした大人になれない?
学校に行かなければ働けない?
学校に行かなければ生きていけない?
こんな時代はとっくに終わっています。
というか「学校に行かなければ〇〇できない時代」なんかありませんから。
そもそも「ちゃんとした大人」って何?
「ちゃんとした人」ってどんな人?
そんな固定観念がいまだにありますが、その固定観念こそが問題なんです。

私は教員を辞めてからもいろいろな教育研究会にも参加していますが、学校の価値観、評価観はホントに狭いなあと毎回感じています。そんな価値観の中では子どもも教員もは窮屈だよなあっていつも思います。それでは「教員や親の顔色を見ながら主体的な振りをする子ども」にはなっても、本当に主体的な子どもは育ちません。
とにかく学校というところはパターン化したがる、まとめたがる、一定の枠の中に入れたがるところなので、それに合わない子は飛び出すのが当たり前です。私もそんな「合わない子」「出たがる子」だったので学校を飛び出しました。
だから、どうせ学校に行かないのならもっと楽しい世界に入っていったらいいです。うちの塾に学びに来てもいいですよ。めっちゃ自由な学びができますから。

フリーエデュケーションのすすめ

学校に行かないことになんの罪悪感も責任感も感じることはないです。むしろ学校に行かないことでビッグチャンスを獲得したと考えて堂々と自分の道を進んでいったらいいです。
少なくとも私はそんな選択をした子どもや保護者を応援します。

こちらのページでもフリーエデュケーションについて書きましたが、「ホームエデュケーション」を超えて私は「フリーエデュケーションのすすめ」をしています。
フリースクールでもフリースペースでもない、「ホームスクール」という「ホーム」限定でもない、好きな人が好きなことを好きな場所で自分の時間で学ぶ、うちの塾は本人が望むなら誰とでもいつでもどこへでも行きますよ。
「本人がやりたい!」を実現することが目的ですからね。

学校で学んだっていいし、外で学んだっていい。
最も大切なことは「本人の希望、本人の意志」です。これは絶対的な学びの本質です。生きるための鉄則です。
それを実現するためのサポートや環境を創っていくのが大人の役目、責任です。
子どもも含めて世の中にはいろんな価値観や考え方の人がいます。残念なことに子どもたちは学校教育や家庭の影響をもろに受けていて、「自分で考える」機会を失っていると思います。自分の意思が存在していないように思っています。
私はそれを3才のときに(本能的に)感じました。
その人が何をしようが自由でありその人の責任ですが、それを押し付けることだけはやめてほしいですね。

うちに来ているいろんな子どもたちと会えて「子どもは天才だ!子どもこそ世界を創るお宝だ!」と確信しましたね。

これからも「不登校」という言葉を抹殺する活動を続けていきます。学校に行かないで活躍している人たちを応援していきます。
そして、来年に向けて子どもが安心して「子どもらしく」過ごせる居場所を広げていきます。
12月1日の鳥取県民のつどいではこのようなことも話題にしたいと考えています。

学校に行かないで活躍している人たちはこんなにいます

16歳コーヒー焙煎士として生きる 「できない」が多かった中学時代

学校に行けない…中川翔子さんが「オールオッケー!」と言えるまで

継母から虐待、学校でもいじめられ続けた作家 本の世界に救われた命

鳥山明さんに「漫画家になれますか?」「学校へ行けない僕」のその後

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