教育

特別支援教育、学校での授業の何が一番問題なのか?

投稿日:07/05/2017 更新日:

今日は、小学校教員対象の特別支援教育の研修会に参加してきました。
研修会の柱はこの2本。
・エビデンスから考える効果的な指導法
・アセスメントを行かす支援方法
若い熱心な先生方がたくさん参加され、模擬授業、教室での困った場面における具体的な手立て、教室環境作り、教材の工夫など、とても熱い実践的な研究会でした。

学校での授業の何が問題なのか?

私も前々から情報の共有化と授業実践、児童への対応の積み重ねが課題だと思っていましたが、このような授業実践スキルが教員間で共通理解、共通実践できていないことが大きな課題だと感じました。
そして、教員の子どもへの「やらせ感」が強すぎること、「ひとつの枠」に入れ込もうとすること自体に無理があると感じました。
文科省を頂点とした学校という組織の中で、学習指導要領に沿った授業展開をしていかなければならないという厳しい条件のもとで、児童理解や効果的な授業展開のために教員個々が必死になって闘っているんだということをひしひしと感じました。
クラスの中では複数の児童が机を並べて学習しているのですが、その中での個別支援、個別指導も十分可能であること。
特に支援が必要な児童には個別の目標、個別の指導内容、個別の評価が必要です。
しかし、実際には同一課題、同一内容、ひとつの評価基準のみで全ての児童を指導しようと、教員がかなり無理していることが実情としてあります。
多人数の教室の中で児童も困っているし、児童個々に応じた支援と指導のしかたについて教員も困っています。私自身も学校現場で困っていて、日々格闘の毎日でした。
それを解決していくためにいろいろな取り組みや研修会が行われていますが、それが教員相互で共有されていないのです。
「○○先生ならできるけど、その先生が異動したら対応ができなくなる」というのは、このことが原因です。

学校全体で児童の教育に当たるというのが多くの学校で掲げられている目標なのですが、なかなかそうはいっていないのが現状なのです。教員も競争の場に置かれて他の学級のことまで考えられないために担任任せ、担任責任というのが現実としてあります。
このように個々の指導力に頼っているのが、今の日本の公教育の現場なのです。
現実として個々の教員の知識や教育技術には差がありますが、それを少しでも共有し実践することができれば、教員個々の負担は軽くなります。
今回の研修会の内容がどれだけの教員、学校に浸透していくかは参加した教員一人ひとりが努力を重ねていくしかありませんが、研究の積み重ね、効果的だった実践の共有化を進めていく必要があります。

授業技術を共有するためにできること

学力と教師間のソーシャルキャピタル(同僚性)には相関関係があるといいますが、学校内で情報を共有化することで子どもが育つんです。
そのためには、これからの研究会の在り方そのものを見直していく必要があります。
それによって、教員の多忙感も軽減できます。
さらに、教員だけだとどうしても偏りができてしまいます。今回は小学校教員が対象の研修会でしたが、対象を広げて保護者も含めたさまざまな人たちが参加できる会も必要です。
子どもの困った、教員の困ったを解決できる、そして効果があった実践を広めていく必要があります。

これまでにも膨大な研究資料や学術論文がありますが、それがほとんど活用されていません。
それは、その内容が大きすぎて使いにくいからです。
「研究のための研究で完結している」ことが問題なのです。
研究のための研究はそれはそれで意味があると思いますが、学校現場で必要なことは理論研究ではなく、「今役に立つこと」誰もが「すぐに使える技術」です。
そのためには、エビデンスやアセスメントが必要なことはいうまでもありませんが、要は子どもの実態を的確に把握して、それをどう見立てて、何をどのように具体的に支援・指導していくかなのです。

学校現場で必要なことは、「目の前の困っている子」に対して何をどのようにしていくかという具体的な手立てです。
一部には、それらを総合的に把握して素晴らしい実践を行っている教員もいます。
それを教員間の財産として積み上げていくことができているかというと、そうではありません。
もちろん、児童個々の違いに対して臨機応変、柔軟な対応が必要なので、一般的にパターン化することはできませんが、基礎的理解、数値的判断、基本的な対応などはマニュアル化は可能です。
それを元にして、自分の学校、学級に応じた対応ができるようにアレンジしていき、それを教職員全体で共有化していくことが大切です。

「教育的評価」とは?

学校教育の場面では「教育的評価」がやりにくい、どこまでやったら「成果」となるのか分かりにくいといわれることがありますが、そんなことはありません。
「教育的評価」とは、子ども自身が「できた!」「分かった!」「面白かった!」「楽しかった!」と感じることです。
子ども自身が「できた!」「分かった!」と感じたら、それが成果です。
それは教員がする評価ではなく、子ども自身が感じることなのです。
「教育的評価」を大袈裟に、理論的に考えることが評価の邪魔をしているといってもいいです。
そのためには、教員の言葉かけや励ましも必要であることはいうまでもありません。

・今の課題を明確にすること
・仮説を立てて共通実践すること
・効果のあった実践を共有化、伝達していくこと
・子ども自身が「できた!」「分かった!」を感じること
そのために実践を地道に継続することしかありません。

教室の密室性を解放すること!

スゴイ実践をしている学校や教員もいますが、実際には教育技術や指導スキルが共有化できている学校の方が少ないのではないでしょうか?
もっともっと自分自身の実践を公開、発信すべきなのですが、表に出さない(出せない)ことの方が多いです。
他学級のことは治外法権のような暗黙の了解があって、とても入りにくいです。
退職してからは、学校へ入ることさえ違和感を感じることがあります。
たまに学校公開などで授業見学にも行ったりしますが、外から見るとよくこんなに雑然とした環境の中で子どもたちは頑張っているんだと感じています。

教員に求められるのは多様な対応力と柔軟性

やっている人は自費であちこちの研修会に参加したり、教育技術について情報交換をしたり本を読みあさって勉強しています。
そんな先生の学級は、教室環境もすっきりと整然としています。
子どもを育てるには教科書的なアプローチでは無理ですよ。
研究紀要だって、作るだけで労力の無駄。
観念論ではなく具体的な事実を積み上げていくべきなのですが、旧態依然としたルールがじゃまをしているのだと思います。
授業プランにしても前書きが多すぎますね。
もっともっと、削ってシンプルにしないといけません。
だから、だれも使おうとしない、使えないんですよ。
そんな時間があるなら、もっと子どもたちと直接関わるための大事な時間に使うべきです。
これから、これまでも教員に求められるのは多様な対応力と柔軟性だと思います。
それを養成できる指導者がほとんどいないのですから、育成するのも難しいという課題もあります。

教員が学校へ行くのが楽しくなければ

文科省や教委に頼らなくても、教員自らができる多忙化解消法はあります。
無駄な会議、無駄な研究会、無駄な出張などを減らすことは今すぐできます。何の役にも立たないようなことはやめたらいいんです。
これはホンの一例で、他にも教員の決断で切れることもたくさんあります。
それに使っている予算(税金)や時間を子どもに直接関わることに使ったらいいんです。
全国にはスゴイ教員もたくさんいますので、その実践に学べば授業が生き生きします。
それにはやはり、校長のリーダーシップにかかっていると思いますね。
私は勝手にすきなことやってましたが。(笑
教員が学校へ行くのが楽しくなければ子どもも楽しいとは思いませんよね。

今年は行動の年。そのような場や機会を積極的に作っていきます。
これからも、子どもに寄り添った支援のために何をどうするか、効果的な指導法についても勉強を続けて発信していきます。

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