教育

「反抗期」も「小一プロブレム」も「中二病」も大人の都合による決めつけ

投稿日:25/12/2018 更新日:


「反抗期」っていう言葉があります。
これって「大人に反抗する」から反抗期っていっているわけで、子どもからしたらごくごく順調に成長しています。
子どもが反抗したくなる態度や対応を大人の側がするからそういう行動をしているわけです。子どもの行動の背景には必ず「そうする理由」があります。その理由は大人側にあることがほとんどです。
子どもと大人の間に良好な「関係性」があれば、その大人との間で反抗的な行動は起きません。起こしません。自分が信頼している大人がいたらそのような行動は起こしません。

「小一プロブレム」とか「10歳の壁」とか「中二病」という言葉も大人が勝手に作り上げたものです。私自身には「小一プロブレム」も「中二病」もありませんでしたが、10歳の壁という大きな大きな巨大な壁が立ち塞がっていました。しかし、その10歳の壁は自力で乗り越え制覇しました。
小一の学級担任が児童の扱いに困るから、中二の生徒のが学級担任のいうことをくない、親に逆らい出す。この行動には理由があるのですが、大人にとって都合のいい既製の枠にはめ込もうとしているから「大人にとって都合が悪い」だけなのです。
つまり、大人が子どもから信頼されていない、子どもが納得できないことを押し付けている、さらにそれをしないけと子どものせいにしている。だから、それを子どものせいにするような「小一プロブレム」とか「中二病」とか、あたかも子どもに問題があるかのような表現が生まれたのです。

実際には小一の子どもというのは好奇心の塊で、何をしても楽しいとき、なんでもやってみたいときです。それなのに「あれはダメ、これもダメ」と言われたらどうでしょう。自分の思いとは別のことを強制されたらどうでしょう。自分の考えを否定されたらどうでしょう。こんな状況で素直に従う方が危ないです。
中二の時代というのは身体も心も一番成長します。自分のことが自分で見えてくる時期です。社会の問題や矛盾にも気づいていろいろな場面で「葛藤」することが増え始めるのも「中二」のころになります。そのために他者の目が気になり出して比較されていることを一番気にするようになります。その結果、周囲の日との対応や評価の仕方次第で自己肯定感を下げてしまう場合もあります。それは子ども本人の問題というよりも周囲の人たちの対応の仕方の問題だといえます。
さらに、他者を批判的に観られるようになります。だから、親に反抗することが正常に成長しているといえます。
この時期の子ども本来の姿というのは他者を批判的に観て自己主張をすることです。だから、それをさせないで親や教員の指図に従わせようとすることに無理があります。この時期は他者から強制されることを一番嫌います。自分の納得できないことや理不尽なことに対して自己主張すること、反発することは当たり前のことです。
それが正常な発達であり、順調な成長なのです。そもそも親や教員に従わせようという考え方が間違っているのです。
このように見てくると「反抗期」も「小一プロブレム」も「中二病」も大人の都合によって決めつけているだけなのです。
これを見てもいかに大人が子どものことを信じていないか、子どもを支配しようとしているかが分かります。

正確な言い方は「大人の対応が悪いために小一のときに起きる大人の問題」「大人の対応が悪いために中二のころに起きる大人の問題」です。
この理解と解釈を間違ってはいけません。

今学校が抱えている問題の本質は、一人ひとりの先生や個々の学校にあるというより、むしろもっと構造的なこと、つまりシステムにこそあるのです。
「みんなで同じことを、同じペースで、同質性の高い学級の中で、教科ごとの出来合いの答えを、子どもたちに一斉に勉強させる」というシステムです。
多くの人は、「落ちこぼれ」は、その子の理解力が低いから生まれるものだと思っているのではないかと思います。でも実は、これはシステムによって構造的に引き起こされている側面が非常に大きいのです。
ところがこのシステムが、今いたるところで限界を迎えているのです。いじめ、体罰、落ちこぼれ、小一プロブレム、中一ギャップ、教師の多忙、勉強する意味の喪失、同調圧力、不登校……一見別々に見えるこれらの問題も、その根っこはすべてつながっています。だから、個々の問題状況にだけ目を向けても、抜本的な解決策を見出すことはできません。根っこの問題、教育のシステムそれ自体の問題を解決しなければならないのです。

日本の学校で小1プロブレムが起こるワケ

親の側から見た子どもの「不都合」を問題にする方がおかしい
そもそも「イヤイヤ期」とか「反抗期」という言葉が親の側から見た「不都合」なんじゃない?
子どもにはちゃんそうする理由があります。「ジャガイモをコロッケにするのか肉じゃがにするのかを決めるのは子ども自身」
親が決めることじゃない。「10歳の反抗期」に親がすべきこと。子どもは親の思いどおりには育たない!

「10歳の反抗期」に親がすべきこと。子どもは親の思いどおりには育たない!

スポンサーリンク

スポンサーリンク



スポンサーリンク

スポンサーリンク



-教育

執筆者:

関連記事

教育なんかでどうにもならない 教育を疑うことは何より大事です

佐々木賢さんのインタビューを元に討論会をしたら面白いと思う。 「教育を疑うことは何より大事です。」 ・日本には、教育を根本的に疑う人が非常に少ない。 ・みんなが教育に毒されているものだから、教育でなん …

学校って行っても行かなくても 大丈夫かどうかは本人次第です

子どもの不登校対応は親の思いが優先しているケースが少なくありません。不登校はなんの問題でもないのに、子ども本人にはなんの責任もないのに、親や周りの大人が「問題」にすることで「親を含めた周りの大人が要因 …

8月29日(水)NHK『いろドリ』で不登校体験者と保護者のインタビューを放送

NHKの夕方のニュースの中で、8月19日に琴浦町で行った「不登校は不幸じゃない」の様子、不登校体験者と保護者のインタビューが放送されました。 放送では「無理して学校に行かなくてもいい」というメッセージ …

2017年9月16日(土)に弁護士による全国一斉無料電話相談を実施

いじめの被害者は加害者だけでなく、学校や教育委員会、第三者委員会とも闘っているや学校とはいじめを生みやすい環境であることを強く認識すべきや教育委員会の姿勢こそ、「いじめを許している」姿そのものだにも書 …

「不登校」の子どもたちには休みというのはいつもより安心できる期間

あっちを見てもこっちを向いてもコロナに関することばかり。 このようなイレギュラーなことが起きると心が落ち着かなくなります。 でも、外に出て太陽の光を浴びておいしい空気を吸い込むと、少しだけでも気分がよ …

スポンサーリンク

スポンサーリンク