教育

子どもが不登校になったけど一体いつまで待ったらいいの?

投稿日:13/10/2017 更新日:

子どもが学校に行かなくなった。
子どもが学校に行きたくないと言い出した。

特にお母さんは心配になりますよね。

「子どもが学校へ行かなくなったのは自分のせいかもしれない。」
「自分の育て方や対応でなにがいけなかったんだろう?」
「これまでの育て方が間違ってたのかも?」

と、自分を責めていませんか?
こんな言葉が頭の中を巡っていませんか?

「なんでうちの子がそんなことを?」
「なんとかして学校に行かせなければ」
「学校へ行かないとどうなったうんだろう?」
「どうしたらいいの?」
「何をしていけばいいの?」
「誰にこの気持ちを理解してもらえるの?」

子どもの気持ちも学校へ行かない理由も何をそうしたらいいのかも分からない。
ただただ不安だけが襲いかかってくる。
何をしていても不安で不安でしかたがない。
目の前は真っ暗闇で、何をどうしていいのか分からない。

とにかく、言葉にできない不安だけがどんどん大きくなっていく。
親御さんはこんな思いでいっぱいになりますよね。

この子はどうなっちゃうんだろう?

そして、勇気を振り絞ってどこかに相談に行くと、いろいろな話を聞かされます。
話は聞こえているけど、明日はどうしよう?子どもはどうなっちゃうんだろうという頭でいっぱいいっぱいです。

子どもが学校に行かなくなった親はかなりのストレスを抱えます。
「先が見えない不安」「原因も解決策も見えない不安」と毎日闘うことになります。
子どもが学校に行けないのは、親にとって相当なダメージで、不安しかありません。
そして、子ども自身も学校に行けないというのは相当なストレスであり、毎日毎日不安でしかたがありません。
多くの場合で親は親で自分を責め、子どもも自分を責めるプロセスをたどります。

子どもが学校に行かなくなって時間の経過とともに他の人の声も入ってくるようになりますが、気持ちは全く変わっていきません。

子どもが不登校になったときは本当に待つべきなのか?

このときの対応、親にできることは何か?
この問いに、「待つことが大事だ」とする意見もあれば、「働きかけるべきだ」という意見もあります。
子ども自身が動きだすまで、学校に行こうと思うまで待つことが大事なのか、それとも、子どもの気持ちが学校へ向かうように何か話したりアクションを起こしたほうがいいのか迷います。

気持ちの中では待つことが大事だと思っていても、いつまで待てばいいのか、何かしないと子どもがますますひどい状態になってしまうのではないかと迷い苦しみます。

待つか働きかけるかは正反対のことを言っているようだし、どちらも正解みたいな気もする。
だらこそ、何をしたらいいのかよけいに悩んでしまいます。

私は、子どもの様子を見ながらタイミングを待つという考えです。
待つか働きかけるかは、親の対応における究極の二者択一です。
その二者択一ですが、私は「待つ」という考え方を支持しています。

さらに、「待つ」というのは「何もしないでただ待っている」という意味ではありません。
「子どもが動き出すまでただただ、黙って放っておく」ということではありません。
「待ちながらすること」があります。
それは、子どもが不登校になったら親ができる最善の方法にも書きましたが、親のできることとは、「環境調整」です。
環境の中には人間関係も含みます。子どもがどんな人と関係性を作っていくかというのがとても重要です。

そして、「動き出す」というのは、「学校へ行く」という行動を言っているのではありません。
もちろん、学校へ行くという行動が解決の形になる場合もありますが、必ずしも学校へ行くことを目指すのではありません。
「不登校の解決の姿」が学校へ行くことだけではないことも知っておいてください。

「待つ」ということは個別相談や親の会でも伝えているのですが、「本当に子どもを信じて待つしかないのかな?」と思っている親御さんは本当に多いです。先が全く見えない状態ですから当然ですよね。
この段階では「早くなんとかしたい」「どうにかして学校へ行ってほしい」という気持ちが強いので、焦る気持ちでいっぱいなのに、「待つしかない」といわれても納得できません。「他にいい方法があるのではないか?」といろいろな考えが頭をよぎり、「待つ」ことは半信半疑で早く学校へ行ってくれる方法はないかと探していきます。
何よりも親御さん自身の気持ちをスッキリさせたい、不安から解放されたいので、解決の方法を探し続けます。
子どもがが動き出すを待つことが不安で仕方ないのです。

待つといわれても一体いつまで待ったらいいの?

「今はとりあえず待ちましょう」と言われて待つけれども、一向に子どもは学校に行く気配は見られません。
「明日はどうなるのか」「明日こそは学校へ行ってくれないか」という思いで過ごすことが毎日毎日続いていきます。

それでも、私は子どもを「信じて待つ」しかないと思います。
そこで重要なことは何を待つのか?ということです。

学校へ行くようになることを待つのではありません。
最終的には学校に行くようになるかもしれませんが、学校へ行くのを待つことでありません。
では何を待つのか?

子どもが「何かやり始めること」を待ちます。
その「何か」というのは親が決めることでも親の期待に応えることでもありません。
子ども自身がやりたいことです。
それは、どんなことでも構いません。
子ども自身が自分で「やってみたい!」と思えることです。
自分が好きなこと、夢中になれること、とにかくやってみたいと思えることなら何でもいいです。
テレビやスマホ、パソコンを見ること、ゲームで遊ぶこと、友達と遊ぶこと、どこかに買い物に行ったり食べに行ったりすること、本を読んだり絵を書いたり、何か作ったりすることなど、子ども自身がやりたいことを決めることが最も重要です。
それを待つのです。

「待つ」目的は子どもが自分自身を取り戻すため

大切なことなのでもう一度言います。
親が待つのは、子どもが学校へ行くことではなくて本人がやりたいことを見つけることです。
「うちの子は何がやりたいのかさっぱりわかりません。」
「勉強してくれたらいいのに、ゲームばかりして遊んでいます。」
これも親御さんからよく聞く話です。
それは、親が勝手に決めていることではないですか?
子ども自身がやりたいことではなくて親の期待ではありませんか?
親の期待に合ったことを求めていたのでは子どもがやりたいことは見つかりません。たとえ見つかったとしてもそれを認められないと子どもは動き始めません。
何をやるかを決めるのは親ではなくて子ども自身なのです。
このように見ていると、きっと何か見えてくるはずです。
すぐには見えてこないかもしれませんが、「待つ」ことできっと見えてきます。
それが見えたら、子どもの決定を最大限尊重して実行できるように応援しましょう。
いいですか、これは親が決めることではなく、それを認め実行できるようにすることが「環境調整」のひとつです。

また、「子どもが立ち直る」という表現を使う人がいますが、私はその言い方は好きではありません。
「子ども自身を取り戻す」という言い方の方が合っていると思います。
子どもがやりたいことを見つけるというのも「自分自身を取り戻す」プロセスのひとつです。
その過程で、最もつまずきの元になるのは親の「焦り」です。
親の期待通りのことでない場合も焦りと不安がでてきますが、最も注意したいことです。
さらに、「ここまでできたのだから次は・・・」という期待も禁物です。
親はこの段階でも「今度こそは学校へ行ってくれるのでは?」という期待を膨らませていきます。
親が勝手に期待します。
しかし、状態が少し改善したからといって、先走って登校を促すと、心を再び閉ざしてしまう場合があります。
やりたいことをやり始めたとしても、子どもの自主的な行動を待つことが大事です。

親だからこそ、子どもの先のこと、将来の姿まで思いをめぐらして心配するから焦る気持ちもよく分かります。
それよりも、安心と安全を求める子どもの今の気持ちを理解し、信じて待つことを優先して欲しいです。

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親が不安になるのは「子どもが親の思い通り」になっていないから

「子どもさんへの対応」としては「本人が動き始めるまで待つ」です。直接的なアプローチや指示、要求、要望は出しません。「ひたすら待つ」です。
そのうえで「親自身」が自分自身を大切にすることです。自分の気持ちを安定することです。
記事の中の「子どもが学校へ行きたくないといったときの親の接し方」のところが親のできることです。

親だからこそ不安になりますよね。
基本的には待つ。そして、その大前提として「学校は学びの場の選択肢にすぎない」という考え方をすることです。
学校に行くのも行かないのもアリで「行きたければ行けばいい」です。
不登校は問題ではなく、「学校に行くのが当たり前」「不登校は問題である」という考え方が問題なんです。
だから、本人のことも本人に任せて親は親で楽しむ。これが最も大事なことです。それが親のできることです。親がしんどい思いをしないこと、「子どもが学校に行かなくてもOK」「学校に行かないという選択をしただけ」と考えたらいいです。
子どもが学校に行かないと決めたのならそれを認め、本人の好きなことをするのが一番いいです。それがどんなことであっても親の希望と違っていても「本人が好き、やりたい」を認め受け入れます。本人が動き始めたらその実現に向けて親のできることをしたらいいです。
親が不安になるのは「子どもが親の思い通り」になっていないからですが、それは子どもの課題ではなく「親の課題」ですから、子どもにとってはいい迷惑です。親の課題は親が解決しなければなりません。
それは子どもと関わらないということではありません。子どもを「信じて見守り待つ」というのも関わり方のひとつですから。
そして本人から何かを要求されたら、初めてそれに応えたらいいです。

子どもはなぜ学校へ行きたくないのか?

学校というのは、「みんな一緒に同じことを勉強したり活動したりする場」です。
実は自身も、この「みんなと同じ行動を強制させられる」ことが大っ嫌いでした。
日本では、個性よりも集団が重視されます。個々の行動よりも組織や集団に合わせることの方が優先されます。
だから、それに合わせられない子は窮屈でしかたがありません。

「個性が大事、みんなそれぞれでいい」「みんなちがってみんないい」と口では言いますが、どうしてもみんなと合わせようとします。
学校の先生もそうだし、親も「みんなと同じ」ことで安心します。周囲の人たちも「周りの合わせないといけない。それができない人はダメだ」という見方をしています。だからみんなと同じでいようとしてしまいがちです。
空気を読むことが大事だという価値意識があります。

そのため、子ども自身が無意識のうちに、「自分を殺してみんなに合わせなければ」と無理をしています。
学校に行くことで自分を押し殺すことにエネルギーを使ってしまうのです。
「不登校」というのは、自分の感性から学校になかなか合わず、学校に合わすことにエネルギーを使い果たした結果陥った状態ともいえます。
これだけが不登校の背景と状態ではありませんが、多くの場合そうだと考えていいと私は思います。

念のために言っておきますが、すべての子どもが学校に合わないということではありません。
今の学校システムに合っている子もあれば、合わない子どももいるということです。
不登校の子は自分が学校に合わないのではなく、学校が自分に合わないために苦しんでいます。
学校に合わない自分を責め、自分を無理に合わせようとして辛い思いをしているのです。

何のために「待つ」のでしょうか

「充電期間だから今は休みましょう」
「家でゆっくりして学校に行かなくてもいいからね」
といっているのは、「自分自身を取り戻すため」のエネルギーを補充するためと考えましょう。
ここで大事なことは、「学校へ行くため」のエネルギーを補充するためではないということです。
エネルギーが補充できたかどうかを確かめる方法が「自分のやりたいことを見つけ、動きだした」かどうかです。
エネルギーの充電とは、「今やりたいこと、今できることを見つけること」です。
そして、それをやることによって「自分に自信をつけること」です。
親のできることは、子どもがやりたいことが思いっきりできる環境調整です。
それは応援したり励ましたりすることもありますし、内容によってはお金がかかることかもしれません。
気持ちの応援も金銭的な応援も、周囲の人たちへの理解をしてもらうことも含みます。

待って充電する期間には、「自信」というエネルギーを蓄えていくことが最も大切なのです。
その向こうに「学校へ戻す」という道にもつながっていく場合もあります。
しかし、「学校へ戻す」ことだけが自分らしく学び生きるということではないことも知っておいてください。
学校へ行くというのは、いろいろな選択肢がある中のひとつの方法だと考えてください。

子どもが学校へ行きたくないといったときの親の接し方

不登校の子への親の接し方をまとめておきますね。

1.「学校に行きなさい」「勉強ししなさい」 などと言わない
2.学校に行けない「つらい気持ち」を理解(しようと)する
3.学校に行くことだけを目的としない、自分自身を取り戻すことが大事
4.子どもを全肯定し、信頼し、本人の決定を待つ
5.子どものやりたいことが見つかったら、どんなことでも認めて応援する

・親のできることは子どもから楽しいことを奪わないこと。
・学校へ行っているかどうかで見ないで、今の子どもの良さに目を向けて。
・学校が人生の全てを決めるわけじゃない。
・親の考え方を変えるには時間が必要ですが、最も大切なことはどんなことがあっても子どもを信じ切ること。

とにかく今は不安でしかたがないと思いますが、焦りは禁物です。子ども自身が自主的な行動をするのを信じて待つことが大切です。

最後にお母さんへ

子どもが不登校になると、特にお母さんは自分自身の責任を感じ、なんとか学校に行かせたいと願います。
そのために、焦りからどうしても学校へ行くように説得してしまいます。
しかし、どんなことを言ったとしても子ども本人はますます苦しんでしまうだけです。

そして、お母さんも自分の心に手を当ててください。
自分の心の手当も忘れないでください。

私は子どもが明るくなるにはお母さんの気持ちの安定が一番だと思っています。
今ではいろいろな鳥取県内の不登校やひきこもりの親の会などにも参加させていただいていますが、お母さんが笑顔で帰ってもらうことが一番大切だと考えてお話しをしています。
子どもの良さを見つけることができれば親の気持ちが変わります。
親の見方や受け止め方が変われば、子どもの気持ちも変わり行動も変わります。

だから、お母さん自身を大切にすることも忘れないでください!
子どものために自分を犠牲にするなんて考えは今すぐ捨ててください。
お母さんも子どもといっしょに幸せになってください。

幸せになる方法が、親子で「自分自身を取り戻す」ことです。

「自分がしっかりしなければ」「ちゃんと育てなければ」と、無理していませんか?
子どものために強い母親でいようと、自分の気持ちを押さえつけていませんか?
これではお母さん自身が壊れてしまいます。

自分の悩みや辛さを人に話すことは、勇気がいりますよね。
でも、一人で考えていても不安が消えるどころかますます心配事ばかり考えだします。
それでは、子どもが「自分自身を取り戻す」前にあなたの方が自分でいなくなってしまいます
子どもさんはさらに元気をなくしてしまいます。

だから、まずは、誰でもいいので信頼できる人に相談したり、悩みを吐き出すことから始めてみてください。
愚痴を言ってもいいし、それが誰かの悪口になっても構わないと思います。
「助けて」と言えば、誰かが必ずあなたの味方になってくれます。
自分の弱さを認めることはとても勇気がいることです。さらにそれを他人に言うことはもっと勇気のいることです。
しかし、それは自分自身を大切にするという意味です。

自分の辛さを吐きだし、それを自分で認めることができれば、子どもさんの状態も認めることができます。
認めることができたら、子どもを「信じて待つ」ことができるようになります。
だから、まずはお母さん自身が、自分のことを大切にしてあげてください。

今は各地に親の会や子ども支援センターなどの専門の相談機関もあります。
そのどこがあなたに合っているかは行ってみないと分かりません。誰がどんなことを聞いてくれるか言ってみないと分かりません。その中からあなたに合う「人」を見つけてください。
「人」と出会うことによって、あなた自身を取り戻すことになり、「私は私でいいんだ」と自信がもてるようになるはずです。

待てないのは親以上に学校および教育委員会です。
しかも学校は「学校復帰」のみが目的の対応しかできません。
これが学校の限界です。
さらに学校は卒業するまでの期間限定ですが、親は一生のつき合いです。

子どもが不登校になったときは待つこと、そして何を待つのかについて私の考え方を書かせていただきました。
少しでも一歩進む参考になりましたらうれしいです。

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