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岐阜市に「不登校児専門公立中」が開校したけれど・・・

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岐阜市に「不登校児専門公立中」岐阜市立 草潤(そうじゅん)中学校が開校しました。
しかし、私はこう考えています。
「不登校児専門公立中」と、わざわざ「不登校児専門」とつける必要があるでしょうか?
学校とその他の場所と、わざわざ区別する必要はありません。

岐阜市立草潤中学校の学校案内について

岐阜市立草潤中学校について(岐阜市学校指導課)

草潤中学校 案内パンフレット(12月改訂版)(PDF)

子どもたちが自由に学べる環境を創っていくことが重要

子どもたちが持っているのは「学ぶ権利」「学習権」です。学校へ行く「義務」ではありません。
それが本来の「義務教育」であり、国には子どもの「学習権」を保障する義務があります。
「子どもの学ぶ権利を保証するという」というのが本来の義務教育の形です。
しかし、その権利を長年奪ってきたという事実があります。
この記事の中に「義務教育としてはきわめて異例」という言葉が出てきますが、学校とは「きわめて異例」なスタイルで成り立ってきました。
これまでの学校は子どもが主体でなく、学校の管理下で数々の条件をつけられた不自由な形で行われてきました。
子どもたちに「学び方の選択権」がなかったのです。
重要なのは「学びの選択肢がたくさんある」ことです。これなめのような教え込む形ではなく、学ぶ方を学ぶ形に転換する必要があります。
実は、現行の学習指導要領にもそう書いてあります。しかし、現実とは大きくかけ離れています。
管理された条件付きの窮屈で退屈な学びではなく、子どもたちが、いつ、どこで、誰と、なにを学びたいのか自由に選べる、自ら決められることが重要です。
「学校」という場所に行く行かないも子ども自身が選べばいいのです。
そのような「自由に学べる」環境を創っていくことが私たち大人の責任です。

義務教育を間違って解釈していませんか?

「義務教育」というのは、「子どもが学校へ行く義務」ではないんです。 実は、「義務教育」の義務は、大人の義務なんです。
「普通教育」を受けることは子どもにとっての「権利」であって、「義務」ではありません。子どもが健やかに学び育つように、「普通教育」を受ける権利を保障する義務は大人にあります。
子どもには「普通教育」を受けることができる「権利」があり、大人には「普通教育」を受ける権利を保障する「義務」があるということです。

不登校は問題行動ではない 「義務教育」は「子どもが学校へ行く義務」ではない

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