遊び

学校を面白くするには?子どもにとって最高の学習ツールは〇〇〇だった!

投稿日:16/11/2019 更新日:

これ、うちの塾の方針と同じです。

1. 自由時間が多い子どもほど、語彙力が豊かになる。
自分が好きなように、自由にあそんでいるほうが有効。
2. 就学前の学力を上げても、8歳で差がなくなる。
3. 最高の学習ツールは「あそび」
遊びは学び、学びは遊びである。

子どもたちがあそぶ時間をなくしてしまうような早期教育は、弊害のほうが大きい。
適応力のある大人に成長するには、子どもが自分で考え、判断し、行動しながら学んでいけるような環境をつくり、思いきりあそばせることが大切。思いっきり子どもが夢中になれる環境をつくってあげること。
逆に、「効果のない早期教育」とは“詰め込み型の早期教育”。
こんな簡単なことで子どもを伸ばせるのです。子どもが思いきり夢中になって楽しそうにあそんでいる姿が正解なのです。

今最も子どものためにやるべきことは「自由なあそび」

そしてここからが重要です。(リンク先には書いてありません)
不登校支援や発達障害との関連です。
いわゆる「不登校支援」とは学校に早く戻すとか遅れている勉強に追いつかせようとか「学校中心」の目的に主眼が置かれて、「やらせる支援」になっていることに問題があります。
そうではなくて、やるべきことは「自由なあそび」なんですよね。子どもたちが「あそびの主体」を取り戻すことが大事です。
学校や親などから奪われた自分らしさ、子どもらしさを取り戻すことが大切なんです。そこから子どもは自分で自分の道を選びます。自分の道を創っていきます。そこで学校に行く子もいます。勉強を始める子も出てきます。
だから、学校に行かせたり勉強の遅れを取り戻すことは支援する側が決めることではありません。支援する側にできることは、子どもが思いきり夢中になって楽しそうにあそべる環境つくりなんです。

発達障害を治すという考え方もまた間違いです。治す必要はありません。「大人の基準やものさし」で診断名をつけることは目的ではありません。周りの子どもと同じようにさせることではありません。まずはここを間違えてはいけません。
この場合も大切なことは、「自分らしさ」を取り戻すことです。「ボクはボクのままでOK」という自己認知は好きなことを思いっきりやらないと見えてきません。それも子ども本人の発見、気づきでなければいけません。だから、教員や親の押し付けや詰め込みが逆効果なことはよく分かります。
大人のできることは子どもが夢中になってあそべる環境つくりです。

これ、子どもだけではありません。
大人も自分を取り戻すことが大事です。そのためには大人も自由にあそぶことです。
そんな居場所ができたら、子どもも大人も学校の先生も親もみんながハッピーになります。
自分のことを誰かに共感される、認められていることはうれしいです。

でも、「支援されている」という感覚は自尊心を傷つけられているように感じるのではないかなとも思います。
それは上からの「してあげる支援」になっているからで、どちらも対等であることが一番重要かなと思います。そのためには、お互いがフラットな関係であることが大切だと思います。

おっちゃん、学校に何しに来た?勉強しに来たか?

学校を面白くするには、カリキュラムの中に「自由な時間」を入れたらいいと思います。
休憩時間をもっと増やしたらいいと思います。

鳥取県教委が「学校支援ボランティアの募集」という取り組みをしています。
学校支援ボランティアという取り組みをしているのをご存知ですか?
この取り組み、実際には県内各地のいろいろな学校で取り組まれています。実は私も地域のおっさんとして参加しています。
私は時々学校ボランティアで学校に行っていますが、行く時間帯は給食後の昼休憩の時間と掃除時間です。
学校に子どもたちと遊びに行っています。

子どもたちは、はじめ「新しい先生」が来たと思っていました。
「なに先生?」
「なんて名前の先生?」
って、みんなが聞いてきました。
そして、「先生は何年何組の先生になるの?」と、クラスまで訪ねたり、「なんの勉強するの?」とか聞いてきます。
子どもたちは、学校に来る人はみんな「先生」だと思っているようです。
参観日には、保護者の方が来るのですが、そうではないので、私のことを「新しい先生」が来たと思ったようです。

私は「新しい先生」ではなく、「みんなと遊びに来たおじさん」だと説明しましたが、「何しに来た?」と、不思議そうな顔をしていました。学校の先生からも事前に説明はあったようですが、このような形で実際に関わった経験がない子どもたちにとっては不思議だったようです。
子どもたちといっしょに昼休憩に遊んだり、掃除をしたり。教員として学校に行くよりも楽しい時間です。アンパンマンや仮面ライダーの漫画を描いたり、ちょっとした手品や折り紙をするだけで、「おっちゃん、すごいなあ!」「おっちゃん、マンガが上手いなあ!」と、子どもったちが褒めてくれます。自分では大したことはしていないのですが、先生以外の人がやってきて遊べることが嬉しいのだと思います。自分のことを誰かに共感される、認められていることはうれしいことです。だから、今度はもっと楽しいことをしようと考えるのが楽しくなります。
「おっちゃん、今度はいつ来る~?」「また来てよ~。」と言わてることがめっちゃうれしいです。
そこには、お互いに「させる」「やらせる」「させられる」「やらされる」という関係がありません。だからいいんだと思います。だからどちらも楽しいんだと思います。

先生も学校で遊べる時間を作ったらいい

そこで思ったことは、先生たちも一個人として自分の趣味や特技を子どもたちにどんどん見せていったらいいということです。それは「〇〇発表会」という決められた形で披露するのではなく、休憩時間、自由時間の中でやるといいと思います。そのためには時間を作ることが必要になるので難しいかもしれませんが、勉強や指導をするだけでなく、先生の好きなことや個性を見せることで、児童生徒との信頼関係も深くなると思います。

子どもが自由に遊ぶだけでなく、先生も勝手に遊びます。その時間は先生も好きなことをやって過ごします。そして、その時間に地域のおっさんやおばさんたちも、学校に行って好きなことをします。学校の中で自分の趣味や好きなことを勝手にします。
学校と地域との連携が言われていますが、なんとか協議会を作ってイベントを企画することもいいと思いますが、それが継続していかない、「やらされ感」が強いと私は感じています。その理由は、そこに強制力というか自由度が少ないからだと思います。だから、大人も自由遊びをしたらいいと思います。

「学校というところ」はどうしても、その目的と結果を求められます。勉強と生活指導が主な活動です。この大人と子どもの「自由遊び」には目的と結果を決める必要はありません。「自由遊び」の教育的意義は?とか「自由遊び」の目指す姿とは?とか、どんな「自由遊び」がいいのか?とかは、一切考えません。ただ単にいっしょに遊ぶ、それ自体が手段であり目的であることが重要だと思います。

学校を面白くする最高のツールは遊びだと思います。

科学的に正しい子どもの教育――最高の学習ツールは〇〇〇だった!

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