暮らし

「してもらう支援」「してあげる支援」ではなくもっと自由に生きたらいい

投稿日:10/09/2017 更新日:


いろいろな会に参加して思うのですが、なんだか、「させたい、させよう」支援が多いような気がします。
親や関係者が勝手に決めたゴールに向かわせているのではないか?
なんとかして社会の一員に当てはめようとしていないか?
狭い範囲内での条件付きでの社会参加を求めていないか?
人は産まれた瞬間から、なにもしなくても無条件で社会参加している。いや、なにもしていないことはない。
だから、「してもらう支援」「してあげる支援」ではなく、本人がもっと自由に生きたらいいんだと思います。
社会の中に個がいるのではなく、自由な個が集まっている場が社会なんだから。

日本人って、生まれた時から所属意識がある。
どんな場においても個よりも所属先の方が優先される。
ただの「○○さん」ではなく、「どこどこの○○さん」「□□(職業や所属先)の○○さん」と呼ばれることが多い。
さらに、その職や立場を辞めてからもそう呼ばれる。
ほんと、変な国民だと思います。
「させたい、させよう」支援が多い理由のひとつとして学校制度と就労の仕組みがある。
学校では、「自分がやりたい勉強」ではなく、教員が「させたい勉強やしつけ」文科省が「させようとしている勉強や決まりの押しつけ」、それに従うだけの児童生徒。そして、決められた通りに就活し一斉入社する。
これに疑問を感じながらも同調圧力に負けて長いものに巻かれて生きている。
それが正しいと思いこみ、ただ流されるだけ。
そんなことが背景となって「してもらう支援」「してあげる支援」が続いているのではないかと思います。
「してもらう側は「してもらう支援」を求めているし、「してあげる側」も「してあげる支援」をすることが必要だと考えている。ホントにそうなんでしょうか?
これは、消費者が欲しいと思っていないのに商品やサービスを売りつける構造と似ている。
欲しくもないのに商品やサービスのアピールをして売っているのとおじではないか。
欲しい人に欲しいサービスを提供してこそ意味がある。
商品やサービス(供給)が先にあるのではなく、個々のニーズ(需要)が先に合って、それに応じたものを提供するのが正しいんだと思います。

しかし、現実の社会を見ていると、支援する側の押しつけ支援、自己満足になっていないでしょうか?
そうではなくて「自分がそうしたいから」するのでいい。
誰かのためとか、何かのやめとかではなく、自分がやりたいかどうかを基準にしたらいい。

最も大切なことは本人の思いです。
しかし、実際には支援者主導の指導になっていないか?
本人の思いの実現ではなく、支援という名の「支援をすることが目的」の指導になっていないかと思います。
そんな支援は本人にとっては迷惑にしかなりません。二度と顔も見たくないです。
助けを求めている人はがいる。こうしたいと思っている人がいる。
それを受け止めて実現に向けて行くのを支援だというのではないでしょうか。
とにかく監視されるようなことはやめてほしいです。

自由な学びをしたら社会参加はできなくなるのか?「いい子」からいかに脱するか 自由であれ!にも書きましたが、もっとみんなが自分中心で生きたらいいと思うけどなあ。
はい、自分はそうしていますけど、それでいいじゃないですか。

あなたはあなたのままでいいんだよ。
ボクはボクのままでいい。
そう思うけどなあ。

スポンサーリンク

スポンサーリンク



スポンサーリンク

スポンサーリンク



-暮らし

執筆者:

関連記事

夏休み明け増える自殺、文科相呼びかけ「誰かが助けてくれる」って?

はあ? なんという無責任な発言なんだ! 子どもの自殺の原因を作っている文科相のまったく無責任な発言だ。 あんたたちがこんな考えだから子どもたちが苦しんでいるんだよ。 「誰かが助けてくれる」って?はあ? …

新型コロナウイルスのパンデミックは、いつ、どのようにして終わるのか?

新型コロナウイルスのパンデミックは、いつ、どのようにして終わるのか? 1つは医学的な終息で、罹患率と死亡率が大きく減少して終わる。 もう1つは社会的な終息で、病気に対する恐怖心が薄れてきて終わる。 今 …

障害者のために”してあげる支援”という認識を変える必要があります

「障害は不幸」 「障害者は可哀想な人」 「”障害があるのに”頑張っている姿が素晴らしい」 だから「健常者」が助けてあげよう 障害者だから、みんなが配慮してあげよう という前提で番組が成り立っていること …

あなたの「存在そのもの」に価値があります。自分ひとりでできることには限界があります。

「頑張って誰かのためになにかしなくちゃ、なにかしよう!」って思わなくても、努力して頑張らなくても、あなたは「そのまま」で誰かの役に立っています。 あなたの「存在そのもの」に価値があります。 「なにかや …

「できない」ことを承知で作られた地方創生総合戦略

鳥取県では「地方創生総合戦略」が出そろいました。 しかし、実践なきアイデアを出し合うだけの会議では意味がありません。 会議をすること自体が目的ではないのですから、感想を述べあう有識者会議などに予算をつ …

スポンサーリンク

スポンサーリンク